前の会社で経理部だった時のハナシ。
財務部と監査室のオッサンといっしょに支店を回るという仕事があった。
なぜか、その会社の支店では、定められたシステムとは違う経理処理をするケースが多々あり、それらをチェックして回る
「憎まれ役」。
豪華な接待も受けるが、神経の磨り減る業務。
30歳になる直前に
「本来は主任以上の業務だが、今回は特別に君が同行しなさい」になった。
理由はわかっていた。その時の行き先である
「修羅の国支店」は支店長K部長が最悪だったから。
当時は、売上と利益率さえ達成できれば正義。
コンプライアンス、なにそれ?
中でもK部長は元ミドル級キックボクサー、兄である専務の口利きで入社したコネも強力。
根性論のイケイケで、逆らう部下を殴る蹴るするんで有名。
修羅の国支店の「ラオウ的存在」。
ただでさえ関わりたくない相手に正しいルールを指導するなんて、誰もやりたくない。
つまり、俺は完全な「生け贄」だった。
しかも、今回は財務部からは人が来ず、監査室の中途入社の人との二人旅だった。
監査室の中途入社の人とは、H駅で合流した。
当時33歳と俺より少し年上。
見た目は「水戸黄門」に出てたスケさん(あおい輝彦)そっくり。
(なので、ここから先はアオイさんと呼ぶ)
アオイさんは明るく朗らかな人で、ビビってる俺とは対照的に
「サクサクやっちゃいましょ」と……
修羅の国支店での、実際の業務は超絶有能なアオイさんのおかげで実にスムーズ。
あとアオイさんの人当たりの良さもあって、支店の人たちもひじょうに協力的。
問題はその日の夜だった。
夜はお決まりの、支店によるご接待。これがまた気を抜けない。
ここで失態を犯せば
「本社の若い奴が生意気な!」とチクられて、あとあと酷い目に遭う。
俺は酒が弱い(飲めなくはないが、ビール中生ジョッキ3杯で寝てしまう)。
しかし、修羅の国の人たちはやたらと飲ませたがる。ここでもまたアオイさんに助けられた。
アオイさんは注がれた酒は全て飲む。しかも、話上手。
支店の人が聞きたがる話を面白おかしく話す。
(以前、修羅の国支店にいて、今は本社勤務の人の近況などなど。みんな、大笑いしていた)
途中からK支店長がご来店……(ちなみに見た目は地井武男を意地悪にした感じ)
さっきまでワイワイ賑やかだったのに、急に静かになる支店の皆さん……
朗らかにご挨拶するアオイさん、ついでに俺。
K支店長、どうも機嫌が悪いらしく、ガブガブ芋焼酎を飲みながら、ガンガン飛ばす。
「わざわざ東京から、支店の業務を邪魔しに来やがって。迷惑なんだよ」
「おまえら、わざわざ九州まで酒をタカリに来やがったのか」
「本部と違って、支店は忙しいんだよ! 暇人どもが! さっさと帰れ」
俺はもう、とにかく小さくなって、存在を消そうとするのだが、
アオイさんは微笑みながら「そんなにイジメないでください。ご迷惑にならないようにしますから」と動じない。
そんなアオイさんの態度が気に食わなかったのか、K支店長が恫喝モードに入った。
「貴様ぁ! 男がヘラヘラしくさってぇ! ナメとんのかぁ! 食らわすぞぉ!」
「まあまあ、他のお客様にもご迷惑ですから」とやっぱり笑顔のアオイさん。
「なんだとぉ? 俺が迷惑だってのか! てめぇ、喧嘩売ってるなぁ!」
「じゃあ、そろそろお開きの時間にしましょうか」
アオイさんに促されるように、俺も支店の人間も席を立ったのだが……
突然、俺の後頭部に衝撃!
なんだ?と振り返ると、K支店長。
ファイティングポーズをとって「こい、こらぁ!」。
えーっ?と慌てて逃げるように店の外に出ると、アオイさんが「どうした?」。
K支店長から一発貰いました…と伝えると…