「あの先輩は普段自分達も空手で使っている道場に土足で上がりこんで来た。許せない。」
その先輩はちょっと不良っぽい男子生徒で、普段から近所の家にエアガンを撃ち込んだり、
「借りた」といって自転車を盗むような悪たれだった。
あまり口数の多くない弟が目を付けられ、からかわれるようになったのは想像に易い。
「からかわれるのは我慢できる。でもあいつは、自分も剣道をやってる癖に
道場に土足で入ってきた。どうしても我慢できなかった。」
それが弟の言い分だった。
剣道部の顧問の先生からは、
「仮にも空手をやってる人間が、自分から暴力を振るってはいけない」
と、簡単に注意を受けただけで済んだ。先生の方も悪たれに手を焼いていたのがその原因の一つだろう。
後で聞いた話では、悪たれの親が一度我が家に怒鳴り込んでこようとしたらしい。
が、他ならぬ悪たれ自身が
「空手やってるとはいえ、下級生にKOされたなんて話が広まったら恥ずかしいからやめてくれ」
と言ったらしく、結局家の方にも特に何も起きなかった。
その後、弟は剣道部を退部した。
空手道場の先生にも事情を話し、
「責任を取りたいので辞めさせて欲しい」
と申し出たが、師範に
「俺に負い目を感じてるならもっと練習して、早く段を取れ。
そして道場の指導を手伝え。」
と言われたそうで、その一年後に初段を取得した。
今では師範に言われた通り、自分の練習をしながら後輩達の指導をやっている。