父の友人が再び訪ねてきた。
その時は私は家におらず、後で母から聞いた話。
母に土下座して家に入る許しを請い奥の間に入り、父の仏前に線香を供え、それから母にこう話したという。
「故人の遺言で、研究関係のものはすべて売却しました。
あの時は大変失礼な態度で運び出し申し訳ありません。
私の説明が悪く、奥さんを興奮させてしまいきちんと説明できなくて申し訳ありません。
故人は、研究の為に金に糸目をつけず資料を揃える方でした。
そのために、貯金などがろくにできないと、生前よくおっしゃってました。
故人の蔵書は大変貴重なものですが、失礼ながら奥さんには
そういったものを処分するツテがなく、二束三文で処分しかねないとも。
そこで、故人は、私達友人一同に、万一の場合には故人の蔵書を
しかるべく処分し、その代金を奥さんに渡すように依頼していました。
いえ、先日伺った者どもはすべて故人の友人で、お互いに
万一の時はそうすると約束していたのです。
お引き取りした資料は、しかるべき場所に売却しました。これがその代金です」
受け取った小切手の金額は、8桁にのぼるものだった。
母は、この話をする度に涙ぐんでいた。
おかげさまで、私は無事に進学し、就職し、母も穏やかな老後を過ごしている。
その折の、父の友人、母の恨みを受けてまで力を尽くしてくれた恩人が亡くなった。
その資産の処理を少しだけ手伝ったことが、恩返しであり、父への供養になると思いたい。