妻との出会いは社会人一年目、23歳のときだった。
会社の近くのレコードショップをぶらぶらしていると、熱心にCDを見ている女性がいた。
それが妻だった。
しかしまあ初対面。
というより対面ですらなく、俺も一目惚れとかそんなロマンチックなものはなかった。
「俺と似たような音楽聴くんだなあこの人」
くらいにしか考えていなかった。
その後も何度かそのショップに通ったのだが、頻繁に彼女を見かけた。
そのたびに彼女の手にとっているCDが自分の趣向に近いものだったので嬉しくなり、ついに何度目かで彼女に話しかけることにした。
ちなみにその時点では下心も恋心も全くない。
俺「あの時間あれば食事にでも行きませんか?もっとあなたと話したいです」
嫁「えっ?あ、あの……」
俺「ダメですかね…?」
嫁「い、いえ…お願いします」
歯切れの悪い彼女を見て
「まさか俺はデートの誘いをしてるようなものなんじゃないか?」
と恥ずかしくなったのを覚えている。
ちなみに後に妻から
「男の人に誘われたりしたの初めてだったから恥ずかしかった」
と言われた。
食事の時間はとても楽しかった。
彼女は饒舌ではなかったが、俺の話を良く聞いてくれて笑顔も見せてくれた。
その笑顔があまりに魅力的で、俺は彼女に恋をしてしまっていた。
別れ際に次の約束をした。
それから毎日が楽しくて仕方なかった。
そのデート?も何度か重ね、ますます彼女への想いを募らせた俺は、次のデートの終わりに告白しようと決意した。
しかし、なんとその前に彼女の方から告白してきた。
それはデートの最中、ピザに大量のタバスコをかけている時だった。
嫁「あの、俺さん」
俺「はい」
嫁「その…私と付き合ってください」
俺「へ?俺?」
嫁「はい。俺さんが好きなんです」
俺「俺もです!!!!!」
ビックリしてすごい大声で返事をしてしまった。
妻は
「ああよかった」
と笑っていた。
ちなみにピザはむせるほど辛かった。
それからはとんとん拍子で結婚までいった。
出会ったのが春、付き合いはじめたのが秋。
それで翌年の秋に結婚した。
妻の頑固な親父さんのパンチは凄まじく痛かった。
社会人二年目で結婚するのは早いと思うかもしれないが、ある意味では幸いにも、既に両親が他界していたため持ち家があった。
社会人の兄と二人暮らしをしていたが、兄は俺たちのために一人暮らしをはじめて家を空けてくれた。
妻は仕事を辞めた。
まあ俺も稼ぎは悪くなかったので頑張れば何とかなると思った。
というより妻と生まれてくる子どものために頑張らねばと思った。
そしてその子どもは結婚のわずか3ヶ月後に授かった。
ちなみに俺と妻は初めて同士の結婚だった。
そして翌年の秋の終わりに子どもが生まれた。
元気な男の子だった。
俺はよりいっそう仕事に励んだ。
妻との関係も良好だったし、順風満帆だと思っていた。
ただどうやら俺たちはすでに問題を抱えていたみたいだ。
妻は掃除と料理が苦手だった。
しかし俺は妻の料理がマズいとは思わなかったし、掃除だって妻が出来なければ俺がやればいいと思った。
先述の通り兄との二人暮らしが長かった俺は家事もある程度できたので、料理も積極的に手伝った。
ただそれがいけなかった。
長男の出産からおよそ2年後、再び妻が身ごもった。
俺は浮かれていた。今度は女の子がいいなあと考えたりしていた。
そんなある日に一本の電話がかかってきた。
俺「もしもし」
?「俺さんですか?」
俺「はい。どちら様でしょうか?」
?「わたくし、佐藤と申します」
俺「はい」
佐「実はうちの主人とあなたの奥さまが浮気したらしいのです」
俺「えっ」
佐「つきましては4人でお話を……」
後半部分はあまり耳に入ってこなかった。
電話を切るとすぐに、妻に事の真偽を訊ねた
俺「いま電話があって」
嫁「うん」
俺「君が浮気してるって…」
嫁「えっ……」
あとは妻が泣き出し話ができる状態じゃなくなった。
しばらくするとチャイムがなり佐藤夫婦が訪ねてきた。
夫は俺を見るなり土下座し、妻はその背中を叩きながら泣いていた。
夫「本当に申し訳ありませんでした!」
妻「もう!本当にあんたバカ!!」
とりあえず家にあげ、泣いている俺の妻を落ち着かせ話を聞くことにした。
佐藤は妻が勤めていた会社の課長だった。
一年ほど前(2人目を身ごもる半年ほど前)から何回か会っていたらしい。
妊娠が発覚してからは、一切会っていないということだった。
たまたま一緒にいるところを目撃した佐藤妻の友人からの連絡で発覚したらしい。
説明を終えると佐藤夫は
「償いはする」
と何度も頭を下げた。
しかし俺は突然の出来事で混乱していたため
「とりあえず今日のところはお引き取りください」
と佐藤夫婦を帰らせた。
残ったのは俺と妻だけ。
怒りもあったし悲しみもあった。
ただどんな顔をして何を言えばいいのか全く分からなかった。
しばらくすると妻が震える声で言った。
「本当にごめんなさい。あなたには何とお詫びしたらいいかわからない」
床に額をこする妻の姿を見て、俺は泣きそうになった。
幸せな家庭を築くことが幼いころからの夢だったのに、それがガラガラと音をたてて崩れていくのがわかった。
「なんで浮気なんてしたの?」
精一杯の声を振り絞って聞いてみた。
妻はいっそう強く肩を震わして、しゃくりをあげながら
「あなたが完璧すぎて私は必要とされてないと思った。寂しかった」
と答えた。
自分は主婦なのに家事ができなくて、俺に負担ばかりがかかってるから、自分は相手にされないと思ったらしい。
「なんだよそれ……」
俺は疲れていた。
すべて夢ならとさえ思った。
「本当にごめんなさいぃぃ」
妻は涙と鼻水をボロボロと垂らしながら叫んでいた。
「ごめん、ちょっと色々と考えさせてね」
それしか言えず、俺は部屋に籠もった。
普通に考えれば離婚だろう。
ただ子どものことを思うとそれはしたくなかった。
俺の両親はあまり仲の良い夫婦ではなかったので、自分のような惨めな思いは子供にさせたくなかった。
ただやっぱり妻を二度と愛する気にはなれなかった。
ある程度、考えをまとめてから妻のもとへ向かった。
妻はぼうっと掃除機をかけていた。
俺「君はこれからどうしたい?」
嫁「私には何も言う権利はありません。あなたの言うことに従います」
妻は俺の挙動に敏感になっていて、すごくビクビクしていた
俺「俺は離婚だけはしたくない」
俺の家庭への思いを述べた。
妻はまた泣き出した。
子供の話をするたびに自分がしたことの罪悪感で潰されていた。
俺はすべて話したあとに
「ただこれは俺の考えだ。君が別れたいなら構わない」
と言った。
妻は何度も首を振りながら
「あなたさえ許してくれるなら、償わせてほしい」
と頭を下げた。
これで終われば良いのかもしれないが、俺は妻に言わなければならなかった。
「ただ、君と僕は夫婦ではない。あくまで子供たちの親として一緒に生活するだけだよ」
「たしかに僕にも問題があったかもしれないけど、やっぱり君のやったことは許せない」
「子供たちがいなくなればそれで僕たちの関係も終わり。それでもいい?」
妻は何度も何度も頷いていた。
その後…