数年前のこと。
アートや手作り系のイベントで、私は昔からの友人でハンクラ仲間のA子と二人で、それぞれ得意なものを持ち寄って売っていた。
二人ともけっこう手の込んだものを持ち寄り、ほどほどに売れて、買ってくれた人とおしゃべりなんかして楽しい時間を過ごした。
2日連チャンだったので隣のブースの人たちと仲良くなった。
その人たちは10人くらいのグループで、中央の舞台を使ってパフォーマンスをするのが一番の目的だったらしい。
ブースは荷物置き場と休憩所で、ついでのように自分たちのグループのロゴ入りハンカチとかTシャツとかポストカードとか販売してた。
リーダーのS男さんがモデルになったポストカードなんかもあって、ちょっとナルシーな感じだけど、正直かっこいい出来だったので、けっこう売れてた。
固定ファンがいるらしかった。
このS男さん、既婚者で奥さんM美さんが手伝いにきてた。
ちょっとやせてたけど、化粧バッチシの美人さん。
「化粧とったら別人なんだぜ、こいつ」
「そう言うことは言わないの」
「オー怖い怖い。きっと家でものすごく叱られるんだろうな、俺」
S男さんはイケメンだし、人なつっこい笑顔で、ノリもよくて、話題も豊富。
パフォーマンス集団のリーダーってこういう人じゃなきゃつとまらないよなーと、思えるくらいカリスマ性ってのがあった。
かたやM美さんは、カリスマリーダを支える妻って感じで、何だかんだと亭主関白っぽいS男さんの言うことに一切逆らわず、店番からグループの人たちへのお茶出しやお弁当の買い出しといった雑用、一人で全部やってて、ファンの女の子からのイヤミッぽい言動にも
ずっとニコニコしてるの。
A子「彼氏はいらんからM美さん嫁にほしいなー」
私子「あきらめなさい。人妻ですから」
なんてことA子と話してた。
で、2日目のパフォーマンスが始まる少し前に、S男さんの衣装が破けちゃったんだ。
自分で無理な着方をしてビリッとね、いっちゃった。もともとやわい作りだったみたいで、けっこうハデで目立つ。
「やべ! どうすんだよ」
「M美! 何とかしろ!」
想定外のことだったのか少し切れ気味のS男さんにM美さん、おろおろしちゃって涙目になっていたから
「このくらいであわてんな! 取り合えず目立たなくすりゃいいんでしょ!」
布系ハンクラーのA子が、お道具箱出してささっと応急的に直してあげた。
直しきれなかったところは私のアクセサリーでごまかしたりして、無事パフォーマンス終了。
「ホントありがとう! これから打ち上げするんだけど、お礼に食事おごるから来てよ」
いやいやとんでもないと、二人して固持したんだが、恩返ししたいからお願いします!って何度も頭下げられてS男さんの強い押しとノリで丸め込まれて、駅の近くの居酒屋へ。
3500円のコースで飲み放題。
「S男さん亭主関白っぶってるけど、ホントは尻に敷かれてるんですよ」
「ファンの子に言い寄られても、M美がいるからって、キッパリ断っちゃうんだから」
「もったいないよなー。俺だったらぜってー浮気してるわ」
この人たちはもともとは大学の演劇部のつながりで、だいたいがS男さんの後輩らしかった。
後輩からも慕われてて、M美さんともラブラブで、いいですねーって感じ。
「私子さん、彼氏いるんですよね。A子さんは?」
「いないけど、無理ッす」
「なんでー」
「仕事と趣味一筋なんで! 彼氏に時間さけんのよ。それに年下イヤ!」
半分が現役学生で、半分が卒業して1,2年って感じだったから、5才以上年下ばっか。
相手にならんって最初に断言したことで色恋の話抜きの、雑談でワイワイしてけっこう楽しかった。
「みんなアリガトー! 今日は俺のおごりだよー」
「やったー!」
「S男さん、いつもありがとうございます! ゴチになります!」
「好きな酒のんでいいぞ。コースじゃないものも頼んでいいからな」
「うおー、明日の分まで食いまくるぞー!」
気前いいなー。大変だねー先輩はーと思っていた私の袖をツンツンしたA子。
「トイレ、付き合って」
連れションってタイプでもないのに、何だ?とついて行くと、トイレぬけて中庭ぽい所へ。
「あたし、年下のおごられるの、やなんだよねー。こういうノリもあんま好きじゃないし。でもあたしだけ払ってもう帰るって言うと私子困るかなーと思って」
「いいよ、べつに。私もおごってもらうほどのことしてないから。すっきり払ってもうバイバイしよう」
なんてことを小声で話してたら、こっちに向かってるS男さんとM美さんの声が聞こえた。
何かS男さんが怒っているような感じで
(!! 夫婦喧嘩? まずいところに遭遇した??)
とA子と顔を見合わせて、中庭を通り抜けた反対側の通路(他の部屋に続いてる)に入り込んで隠れた。
「お願い、もう無理だから…。今日おごったら、衣装代や道具代払えないよ」
「黙ってろ! こんなとこでグダグダ言うんじゃねぇ。他の奴に聞かれたらどうするんだ! くそ女が!」
それまでの人なつっこいS男とは別人の声に、私らの頭もついていけなかった。
「あのババアどもに奢ることになったのもおまえが能なしなせいだろ!能なし女の分際で、男に逆らうんじゃねぇよ!」
いやいや、衣装破ったの自分のせいだし、あんなにしつこく誘ったの自分なのに私らばばあ扱いですか?
「でも…」
「うるせー!」
この後ボスって音がして、ちょっとしてM美さんのうめき声かしたから私とA子が飛び出した。
S男はもう居なくて、お腹押さえてうずくまってるM美さんだけがいた。
「ちょっと、M美さん大丈夫?」
「あいつが殴ったの??」
許せんと追っかけようとしたA子をM美さんが止めた。
「いや、やめて。私、大丈夫だから…」
「大丈夫じゃないじゃん!」
「やめて! 本当にやめて! あの人のメンツをつぶすようなことしたら、私殺される」
何かガタガタ震えてて、マジやばい感じで私の方もどうしていいのかわからず、オロオロしてた。
「殺されるんだったら、なおのこと逃げた方がいいよ」
「逃げられるわけない…。お金…ないもの。それに、みんなも、あの人のこと信用してるから…、言うことなら何でも聞くから…、怖い…」
S男の表の顔と裏の顔、確かに私らもマジでわからなかったし、演技力ならバッチシだろうから、 S男に手名付けられている男どもがいる場所でことを大げさにしていいことはないと判断。
「私らは挨拶してもう帰る。M美さんは裏口からでて駅の南口で待ってて」
「でも、でも、私…」
「結婚してるのならいろいろ面倒な手続きあると思うけど、完全にDVだよ。逃げて離婚するのはありだと思う」
「結婚なんてしてない…。私みたいなクズとは結婚なんてしたくないって…」
ここで初めて、二人が単なる同姓相手だったと判明。
「じゃあ、逃げちゃえばそれまでじゃん!」
M美さんはでもでも言っていたけど、私らはババア扱いしたくそ男といっしょにいるのはゴメンだった。
「もう一度言う。私らは挨拶してもう帰る。○○駅の南口で8時30分まで待つ。 来てくれたら逃げるためのお金も貸す。私たちができるのはこれだけ。チャンス無視するのならこれでバイバイ」
A子はキッパリ言い切って私を連れて席に戻った。
「どこ行っていたんですか?」と席に戻った途端、S男が聞いてきた。
M美さんのいた方向から私らが来たからだと思う。
ニコニコしてたけど、裏の顔を知った私はもうびびって笑顔引きつっていたんじゃないかな。
「おトイレ。さっきそこでM美さんにあったけど、ちょっと気分悪いみたいで、少ししたら戻りますからって言ってたよ」
A子が先手を打ってサラサラっとごまかしてくれた。
A子は昔から度胸がある子だったけど、改めてスゲーと思った瞬間。
「私らもう帰るわ。明日仕事だし」
「じゃあ、連絡先教えてくださいよ」
「いいよ、メールでいい?」
A子がパソコンの捨てメール書いたから、私もおなじく、捨てメール教えた。
「じゃ、今日はごちそうさまでしたー」
奢られるのはイヤだったけど、とにかく早くここから出たかったから、にっこり笑ってバイバイ。
出た瞬間に、逃げるように駅に向かった。
この時点で8時だったから、約束の時間まで30分。
南口は居酒屋のあった場所からは反対方向だったけど、
「M美さん来るかな」
「来なければそれまでだよ。逃げる手伝いはしてあげるけど強制はできない」
なんて話してたら…