どこでもドアが欲しかった

姉が何でも一番の両親。私の結婚式でも…

time 2016/12/01

姉が何でも一番の両親。私の結婚式でも…

そんなこんなで散々だった結婚式だったけどさすがにあの両親とはやってけんと思い、結婚後はできる限り没交渉。 
夫婦仲は良くもうじき結婚一年目、記念日には素敵なお祝いをしなきゃとかwktkしてた時期だった。 

私、若年性の脳梗塞発症www 

幸い軽度ではあったが脳梗塞発症前後は死亡率も高いので実家にも連絡された。 
(なお看護師さんに宗教聞かれたのはプチ修羅場。あれって霊安室の形式のために聞かれるのね) 

部位が小さかったが再発が多いので3日は山場と言われた。 
無事それを乗り切るもまだ今後どうなるかわからずいろいろ不安になってた頃に両親が見舞いに来た。 
父の一言目が「まあ、お前に何かあってもお姉ちゃんがいるから夫くんのことは心配しないでいいよ」 

私、目が点・・・え、私死んだら夫は姉と結婚するの??ていうかさせる気満タン? 
隣の母も「まあ昔から良くあることだしねぇ・・・あんまり後のことは心配しないで。彼も若いし」 

え、私死なない死なないwもう山場越えたし・・・・ 
っていうか私にタヒんで欲しいのか!!と気がついた時が頭が真っ白に。 

その後姉が単体で見舞いに来た時にその事を冗談っぽく伝えたら「まあ何かあった時には・・・」と 
姉が答えた時にはもう頭の中大修羅場。あの家に味方はいないことを思い知った。 
姉はまだまともだと思ってたから本当にあの時は苦しかった。

しかしきっとその後夫と二人きりになった時に「お願い!!私が死んでも姉とは結婚しないで!!」と 
泣きつかれた夫の方が修羅場だったと思う。 

ありがたいことに多少障害が残ったものの外出時には杖を着くくらいまで復活。 
仕事まではまだだけど家事は普通に出来る。 
夫に離婚の意はなく今も二人で仲良く暮らしております。(さすがにバリアフリーの家に引っ越しましたが) 

さすがにあの一件で実家は見限った。 
(たまに連絡が来るが基本無視している。元気な私には用がないらしい) 

今は当たり前のように支えてくれる夫に感謝しながら平穏に暮らしております。 
なお具合が悪くなり気弱になるとその事を思い出し 
「何が何でも長生きしてやるぅ!!」と決意させてくれたことは実家に感謝かもしれません。

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