でも、すぐに泣き出して『よろしくお願いします』と言って指輪を付けてくれた。
その時、ようやくAと本当の夫婦になれた気がした。
Aは今でも二つの指輪を持っている。
一つは、以前の俺が渡した指輪。
もう一つは、今の俺が渡した指輪。
二つの指輪は大切に保管されていて、どちらも一生の宝物だと言っていた。
それで今に至る。
今ではAとはかなり仲がいいし、よく羨ましがられるような夫婦になってる。
Aが俺の妻で良かったと思うし、これからも夫婦でいたいって思ってる。
でも、妙なことがあった。
Aは結婚指輪を持っていたけど、俺の分は家のどこを探してもなかった。
ましてや、Aとの写真が何一つ俺の家にはなかった。
つまり、俺の住んでいたアパートには、Aに関する一切の痕跡がなかった。
Aとは新婚だったのに、それは妙な話だろ?
それに、根本的に、どうして俺がAのことについて覚えていないのだろうか。
俺なりに解離性障害について調べてみたけど、それはどうやら何かのキッカケからストレスがバーストして起こることが多いらしい。
なら、もし俺が解離性障害になったとして、そのキッカケとは何なのだろうか。
Aに関する記憶が全部吹っ飛ぶくらいのキッカケって何なのだろうか。
それは分からないし、今ではどうでもいいことだと思う。
むしろ、このまま思い出さない方が幸せなのかもしれないとすら思うようになってる。
最初の方はAについて何も覚えてないことに恐怖とか不安を感じていたけど、今では思い出す方が怖いと思い始めた。