自分が小学に上がったころ、どんな理由があったかは知らないが両親は共働きだった。
学校が終わると玄関に隠されている鍵で家に入って両親を待つのだけど、ひとりで静かな家にいると言うのがどうにも怖くて苦手で、そう言うときはスケッチブックをもって外に出掛けていた。
幼い頃は絵を描くことがとにかく好きで、その当時でも埋めたスケッチブックは数十冊はあったはず。
適当な場所をみつけては2時間そこら、ずっと絵を描いて、5時を告げるチャイムがなると家に帰る。
ちょうどその頃母が帰ってきて、晩ごはん。
そう言う生活が続いていた。
そのうち学校の外に友達ができた。
絵、すごいねって言うきっかけがほとんどだったと思う。
時には絵を描くことを休んでその友達たちとボール遊びをした記憶が鮮明に残ってる。
でもしばらくすると様子が変わってきた。
友達を外で見かけることがあまりなくなっていた。
当時は特に気にすることもなく、それならそれでと絵を描くことに没頭した。
思えばこの頃から5時を待たずに母親が迎えに来ることが多くなった。
忘れもしないある日のこと、たしか日曜日だったと思う。
公園で絵を描いていると、突然スケッチブックを取り上げられた。
驚いて見上げると、知らないおばちゃんが立っていた。
おばちゃんはスケッチブックをパラパラと見たかと思うと、突然それをビリビリに破り裂いてしまった。
パステルは遠くに放りなげられた。
自分は悲鳴を上げたことだけは覚えている。
おばちゃんは何か怒鳴ってたと思うけど、理解はできなかった。
泣きながら家に帰ると、なぜか玄関に例のスケッチブックの一部が置かれていた。
母親は何も言わずに慰めてくれた。
でも、その後にスケッチブックや画材をあまり買ってくれないようになってしまった。
理由は教えてくれなかった。
自分もあんなことの後だからしばらく絵を描きたい欲求はなくなっていたのだけど、それはすぐに蘇ってきて、こどもながらに考えて
「今ある限られた画材だけをなんとか使って考えうる限りの絵を描く」
ことに集中したけれど、似たような事態は続いた。
そのうち、
「危ないから」
と母親が家にいる限りは外に出されることもなくなった。
むろん、そうでなければ懲りずに外に行くわけだけど。
画材はまったく買ってくれないわけではなかった。
学校でも使うものもあるし。
けれど、描き続けていたが頻度は明らかに下がっていた。
諦めもよくなっていたのか、似たような事態に遭うこともあってもすぐ逃げるなどしていたため、次第に慣れた。
そして、高学年になる頃に、自分の周りで起こっていたことの全ての理由がわかった…