どこでもドアが欲しかった

父の再婚相手の暴力に3年間耐えて、やっと父に打ち明けた。しかし…

time 2016/11/22

父の再婚相手の暴力に3年間耐えて、やっと父に打ち明けた。しかし…

私が3歳の時、両親は離婚。 
私は父に引き取られ、父方の祖父母との4人で生活していました。

4、5歳になった頃、よく遊びにいってたアパートがありました。
そこには父と同い年の女性と私より3つ年下の男の子が住んでいて、まだ幼い私は
「パパの友達とその子供!」
という認識だったのですが、もちろんそうではなく、離婚後お付き合いを始めた方とその連れ子でした。
お互いバツイチで子持ち、同い年ということもあって意気投合したのかなんなのか、2人は私が小学校に上がる頃に子連れ同士の再婚をしました。

祖父母も、父はまだ若いし子供も小さいから嫁を貰うことに賛成だったようですが、後から聞いた話だと顔合わせの時から元義母はあまり良い印象はなかったそうです。

元義母は鬱病を患っていたようなのですが、よく私と元義弟を連れて神経科を受診してました。
幼かった私は普通の病院だと思ってました。


結構大きい病院だったのですが、病院のどこからともなく奇声が聞こえた時は流石に震えました。
そんな話を結婚前に私が祖父母に漏らしてたらしく、そのことで祖父母からはよく思われてなかったようです。

我が家は父の最初の結婚の時に二世帯住宅にしていたので1階で祖父母、2階で私たち新しい家族が生活することになりました。

最初は毎日楽しかったですよ。
父は夜勤や出張で家を空けることが多く、祖父母と遊ぶか1人で過ごすことが多かった家に、義理といえども憧れのお母さんがいて、可愛い弟がいて、きっとあの時の私は本当に幸せだったんだと思います。

それからしばらくして新しい生活にも慣れてきた頃、だんだん雲行きが怪しくなります。
私は小さい頃から好き嫌いが多く、元義母がきてから多少改善はされたものの、やっぱり食べられないものが元義弟に比べると少し多かったんです。

「なんで○○くん(元義弟)が食べられるのにお前は食べられないんだ」
「そんなに嫌ならもう何も食べなくていい」
「○○くんは綺麗に食べたからデザート食べようね」

このくらいのレベルならまだどこの家庭にもありそうなんですけど、だんだん元義弟と何かと比べられ対応を変えられていきました。

欲しいゲームは元義弟だけ買ってもらえる。
元義弟は門限18時だけど私は16時。
寝る時間も元義弟は好きな時間まで起きてていいけど私は20時。
(これ当時夜やってたワンピース見れなくて悔しかった)

お父さん何してんすかと言われそうですが、父は仕事で家を空けることが多く、さらにはお母さんのことを悪くいってはいけないとい固定概念みたいな、なんかそういうのが幼いながらにあって誰にも相談できませんでした。

ある日、原因は覚えてないんですが元義母に怒られました。
怒られてるとき家にあったジュースをかけられ、平手で叩かれ、最後にお皿を投げられました。
割れた皿の破片は膝を掠り、結構血が出る怪我をしてしまいましたが、父や1階で同居してる祖父母に悟られないように必死で隠してた記憶があります。

それ以降、怒られる度に手をあげられるようになりました。
しかし元義弟が手を挙げられてるところはおろか、怒られているところなんてみたことなかったです。

自分の部屋から出るのも怖くなって部屋に引きこもってる時、帰宅した父になんとか打ち明けることができて事実が発覚。

離婚する方向で話が進み始めたのが私が小5のときでした。約3年は暴力に耐えました。
元義母は「ごめんね」と人が変わったかのように優しくなり、ドラマでしか聞けないような
「パパとママが別れたら私ちゃんはママの方に来てくれるよね?」
と言われ、怖くて頷いてしまいました。
すぐに父から電話がかかってきて
「お前、お母さんの方にいくのか。」
とすごい悲しそうな声で言われたときは罪悪感で押しつぶされそうになりました。

その後…

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