もう無理だった。
奥様に
「すみません、警察呼んでください」
と言い残して男にナグり掛かった。
今でもはっきり覚えている。「氏ね!」と叫びながらナグりつけた。
気が付いたら両手が倍ぐらいに腫れ上がってたが、とにかくナグり続けた。
パトカーのサイレンが聞こえてきたところでナグるのを止めた。
これで女の子が助かるってわかったから。
警察官が3人出てきて、俺はパトカーに乗せられて最寄りの警察署で事情聴取を受けた。
俺は一切酔ってなかったんだけど一応アルコール検知を受けて、取調室?会議室?
みたいな場所で取り調べ。
解放されたのは明け方だった。
調書取るのはわかるんだけど何度も同じ事を訊かれるのはウンザリだったな。
警察署を出て上司に電話して迎えに来てもらったら、助けた女の子とお母さんが一緒に来ていた。
お母さんは俺に感謝とお詫びをずっと言っていたが、俺はお母さんに
「あの男とお子さんのどちらが大事なんですか?あの男の事を『酒を飲まなきゃいい人』なんて
思ってませんか?酒を止める気のない人間は『酒を飲むクズ』でしかないんですよ、子供にとっては」
とだけ伝えた。
女の子は湿布と絆創膏で覆われた顔だったけど、笑顔で
「ありがとう、おじちゃん!」
と言ってくれた。俺当時20代前半だったんだけどなぁ…。
その後上司からあの男がやってきた救急隊員に警察官の前でボウリョクを振い
この警察署に連行された事を聞かされた。
会社にこの件を報告したら、社長が
「社長としては警察沙汰になった以上罰を与えるべきなんだろうが、私個人としては褒めてやりたい」
と特に御咎めなし。上司も
「何かあったら手助けするから」
と言ってくれた。
それから数日後、弁護士が俺を訪ねてきた。
あのお母さんがついに離婚に踏み切ったらしく、今回の件であの男が俺を訴えるようなら
力になってあげてほしいと言われたそうで、この弁護士先生の助力と近隣住民の証言、
あの男のやらかした事が重なり不起訴処分となった。
それから2か月ほど経った頃に上司から
・あの男とお母さんがめでたく離婚、当然親権はお母さんに。
・あの男は慰謝料のため家屋を処分し引っ越し。
・お母さんと女の子はお母さんの実家に。
と教えてもらった。この時だけはいいよな、と上司宅で祝杯。缶ビール(350ml)1本でヘロヘロになったけど。
それから数年後、社長の氏に伴うお家騒動に巻き込まれた結果退社、
自営でIT関連の会社を立ち上げた。といってもIT土方ってやつ。
某プロバイダとの契約をとりつけ、母と2人暮らしなら十分やっていけるようになった。
ある日いつものようにPC設定のためにお客様宅を訪問したところ、あの母子宅だった。
姓が変わっていたので全く気がつかなかったが、お母さんは前日の電話連絡で俺とわかったそうで、
女の子に伝えたところ「自分も会いたい」と楽しみにしていたそうだ。
久しぶりに会った女の子は…凄く可愛くなっていた。
腰まである長い髪、くりっとした瞳。背は低いが…巨 にゅう。
母「お久しぶりです。この子綺麗になったでしょう?」
俺「そうですねー、あの女の子がこんなに…」
子「ちょっとお母さん!恥ずかしいじゃない!」
母「凄くモテるんですよーこの子ったら。でも未だに彼氏いないんですよー」
俺「そりゃもったいない。なんなら『おじちゃん』が彼女にしたいくらいですよーHAHAHA
(おじちゃんと呼ばれたのちょっと根に持ってた&社交辞令のつもり)」
母・子「(身を乗り出して)本当に!?」
俺「…へ?」
以下お母さん→義母、女の子→嫁さんに呼び名変わります。
こんな会話を経てこの日から交際開始、この当時俺30、嫁さん19
(余談だけどプロバイダ経由の仕事については個人的なお客様との連絡や
訪問は厳禁だったので責任者に事情をボカして報告、特別に許可してもらった。
後でバレると契約打ち切りもあり得るからね)
正直長続きしないだろうなーと思いつつも母に恋人として紹介したところ
母、まさか息子に恋人ができるとは思っておらず(失礼だよな)大喜び。
そのうち俺がいなくても母に会いに嫁さんが家に来るようになった。
さらに俺の出張中に母、義母、嫁さんの3人で旅行に行くまでに。
3年後嫁さんにプロポーズ。わりとあっさりしてた。
「俺はお互いの父親みたいな夫にだけはならない。それだけは信じてほしい」
「絶対なるわけないよ!」
「そっか、じゃあ俺と結婚してください」
「はい!」
こんな会話だったと思う。それから同居→翌年に結婚。
間が空いたのは理由があって、今じゃ笑い話なんだけど、
当時(今もかな?)披露宴=酒宴のイメージが強かったんで、
俺が酒に慣れるための特訓期間だったんだ。
どうしても披露宴の最中に親戚やら友人が
「おめでとう!まぁ1杯」
みたいにお酌しにくるイメージがあってさ。
母も義母も嫁さんも「飲酒する男」に対するトラウマが強かったし、
特に俺に酒乱の気があったら…と思うとね。俺も怖かった。