どこでもドアが欲しかった

A子のせいで私の人生はむちゃくちゃになった…

time 2016/12/01

A子のせいで私の人生はむちゃくちゃになった…

小・中学の同級生A子のことが昔から苦手だった。
私は本を読んだり勉強する方が好きで運動は苦手、A子は勉強は得意じゃないけど足が速くて運動は何でもできるタイプで行動的。
気が合わないのは感じていて、A子も同じように感じたのか、あまり積極的に話したりすることはしなかった。

中2のとき、私は1つ上の先輩を好きになった。初恋だった。
あるときA子もその先輩のことが好きだと知った。負けられないと思って勉強を必死でがんばり期末試験で学年1位になった。
でも先輩に私は何もいえず、A子も誰からか私が先輩のことを好きだと聞いていたのか何もせず、何の進展も無いまま先輩は卒業していった。
私は中学を卒業して進学校→地元国立へ(親が実家を出るのを許さなかったから)地銀に就職し腰掛け2年ほどして親の勧めで見合いをしてエリート公務員と結婚した。
見合いだったから恋愛らしい恋愛もなく事務的にデートしただけだった。
地元の最上級ホテルで披露宴を挙げた。費用だけで700万かかったが親が出してくれた。
職場から近いということもあって実家の近くに家を建てて住んだ。
私が結婚した相手はあまり家庭に興味の無い人だった。
あの初恋の先輩のことを思い出した。あの人と結婚できていれば、もっと、女として幸せになれたかもしれないと思った。
A子さえいなければ私は先輩に告白していたし、きっと先輩も断らなかっただろうに。

A子は私より格下の高校から地元の底辺短大へ進み、都市部へ就職したと聞いた。
底辺だったから飲み屋で働いているのかと思ったら、
いわゆるIT企業だった。
忙しいらしくほとんど地元には姿を見せず、実家は近いのに一度も会ったことが無い。
でも結婚はしていないそうで、私は勝った、と思った。

私は先輩への思いを断ち切れないまま、夫の子供を妊娠、出産した。
産科で自分の赤ちゃんが他の赤ちゃんと違うことに気づいた。重度のダウン症といわれた。
ショックだったのか、夫はその直後に飲酒運転で人身事故を起こした。
公務員ではなくなったどころか、交通刑務所へ入った。
私は乳飲み子を抱えて呆然とするばかりだった。一度だけ面会に行ったが
「君との生活は苦痛でしかなかった」
と言われショックを受けた。
離婚も考えるようになった。

幸い親が面倒を見てくれると言うので働くことにした。
地元の同級生B子の家が商売をしていて、そこで働かせてもらうことになった。
B子の親は私のような経歴の女を時給数百円で雇うなんて!と恐れおののいたが、知らない人ばかりの大手スーパーとかよりはずっと気楽だと思って頼み込んだ。

でも、そこは…

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